偉大な映画監督と日本を代表する文豪の共通点

全世界で愛される映画「スターウォーズ」を作り上げたジョージ・ルーカスは、過去にこんなことを言っていたそうです。

誰でも生まれながらの才能を持っています。

問題となるのは、それを見つけるまで行動できるかどうかです。

これを聞いて、同じようなことを日本でも言っていた人がいたなぁとふと思い出しました。それが夏目漱石です。

夏目漱石といえば、「坊ちゃん」や「我輩は猫である」などの数々の名作を世に残していますが、私がおすすめしたいのは「私の個人主義」です。

「私の個人主義」は、大正3年に学習院輔仁会で夏目漱石が学生たちに向けて講演した内容を収めたものです。今で言うスティーブ・ジョブズやナタリー・ポートマンの大学の卒業式でのスピーチみたいなものでしょうか。

ちなみに、海外の卒業式のスピーチの中では、私は俳優のピーター・ディンクレイジのスピーチが好きです。興味のある方はこちらからぜひ→「自分に失敗を許せるまで、何年もかかった」 遅咲きの名俳優が、プライドとぬるま湯を捨てるまでの6年間

夏目漱石が学生たちに伝えたかった「自分の進むべき道の見つけ方」

夏目漱石の話に戻ります。夏目漱石は「私の個人主義」の中で、「人生において自分が大切だと考えること」を学生たちに伝えているのですが、それにあたって自分の人生も振り返っています。

どんな仕事をして生計を立てればいいかわからなかった学生時代、そして下宿代を払うために始めた教師という職業、学習院の教師になろうとしたけれでも不採用で、でもそこで採用されていたらこう言う風に今ここで講演してませんねとか言ってみたりします。

さらに、大学で英文学が好きで勉強していたけれど、結局文学がなんだかはわからなかったとかぶっちゃけてます。夏目漱石のようなお札の顔にまでなった人が、普通の人と同じようにのらりくらり学生生活をしてたのかもしれないと感じるとちょっと親近感が湧いてホッとします(私だけ?)。

そして続いて、人の縁で高等師範の教師になり、さらにしばらく経ってから文部省からの誘いで英国留学をしたことが語られます。夏目漱石は、その当時を振り返り、あやふやな態度で社会に出てなんとなく教師になった、いろいろお茶を濁して毎日無事に過ごしてはいたけどなんか空虚だった、世に生まれたんだから何かしなきゃと思っていても、何をしていいか全くわからなかったと言っています。そして、そのまま外国に留学してしまったと。

私はこの世に生れた以上何かしなければならん、といって何をして好いか少しも見当がつかない。私はちょうどきりの中に閉じ込められた孤独こどくの人間のように立ちすくんでしまったのです。そうしてどこからか一筋の日光がして来ないかしらんという希望よりも、こちらから探照灯を用いてたった一条ひとすじで好いから先まで明らかに見たいという気がしました。ところが不幸にしてどちらの方角を眺めてもぼんやりしているのです。ぼうっとしているのです。あたかもふくろの中にめられて出る事のできない人のような気持がするのです。私は私の手にただ一本のきりさえあればどこか一カ所突き破って見せるのだがと、焦燥あせいたのですが、あいにくその錐は人から与えられる事もなく、また自分で発見する訳にも行かず、ただ腹の底ではこの先自分はどうなるだろうと思って、人知れず陰欝いんうつな日を送ったのであります。

このような気持ちは誰でも感じたことがあるのではないでしょうか。人生の意味を見いだせない焦りと不安です。ここまで正確に言語化できるのは、さすが小説家といったところですが。

しかし、英国への留学が夏目漱石の人生を変えます。ロンドンを歩き回っても自分がすべきことが見出せず、大好きな文学さえ何のために読むのかわからないと感じるほど追い詰められた漱石でしたが、ある日気づきます。文学を自分で作り上げるしか自分の道はないのだと。

私は多年の間懊悩おうのうした結果ようやく自分の鶴嘴つるはしをがちりと鉱脈にり当てたような気がしたのです。

漱石は、今まで他人本位だったからダメだった、自己本位になる必要があると悟ります。英文学が好きでやっていたけれどなんだかもやもやしていたのは、外国人の批評を鵜呑みにして自分で批評していなかったからなんだと言います。他人ではなく自分がどう感じるか、日本人である自分にとって文学とはどういうものか、文学の概念を自分で作り上げる必要がある、これこそ自分の進むべき道だと確信するのです。そして、この「他人でなく自分」という自己本位への気づきが、自分が何者か確信させ、心の安定と自信をもたらすと語ります。

そして、漱石はまとめとして、同じように人生で何をすべきか悩む人々に向けてメッセージを送ります。

ああここにおれの進むべき道があった! ようやく掘り当てた! こういう感投詞を心の底からさけび出される時、あなたがたは始めて心を安んずる事ができるのでしょう。容易に打ちこわされない自信が、その叫び声とともにむくむく首をもたげて来るのではありませんか。すでにその域に達している方も多数のうちにはあるかも知れませんが、もし途中で霧かもやのために懊悩していられる方があるならば、どんな犠牲ぎせいはらっても、ああここだという掘当ほりあてるところまで行ったらよろしかろうと思うのです。必ずしも国家のためばかりだからというのではありません。またあなた方のご家族のために申し上げる次第でもありません。あなたがた自身の幸福のために、それが絶対に必要じゃないかと思うから申上げるのです。

これって、冒頭に紹介したジョージ・ルーカスの言葉にも通じますよね。時代も国籍も違いますが、二人とも後世に長く愛される偉大な作品を作っています。彼らが功績を残せたのは、自分の才能や進むべき道を掘り当てるまで悩んだり行動したりしたからなのかもしれません。

偉大な監督だって文豪だって同じように悩んでいた(のかもしれない)

これを書いている今はちょうど新しい生活が始まる季節です。これから学び始める人、これから働き始める人、もちろんそれ以外の人にとっても、偉大な監督や文豪の生き方を知ることは役に立つと思います。いろいろな人の生き方や考え方を知って、焦らずゆっくり悩むことは大切です(きっと)。夏目漱石が英国留学を経て自分の道に目覚めたのは、30歳を過ぎてからのことだそうです。私もまだまだ未熟者なので、過去の偉人たちに学びながらああでもないこうでもないと言いながら進んでいきたいと思います。

でも、最近本を読む人が少ないのはもったいない!とつくづく思います。本を読む人が増えれば、心の病だって少し減るのではないかと私は密かに考えています。もちろん心の病を改善するには、社会的に解決しなきゃいけない問題も多数あります。しかし、小説や本の中にこそ心理学があると言っても過言ではないくらい、人の精神的なサポートとして本は役に立つものだと思います。

ここで紹介した内容は、「私の個人主義」の前半で、後半は「学習院のような立派な学校を出る人たちは、高い地位につく可能性が高いんだから、他人の個性を尊重し、お金と権力は正しく使ってね」という内容が続きます。こちらも面白いので、興味がある方は原文をぜひ読んでみてください。夏目漱石は話上手なのでスピーチの勉強にもなる気がします。

春は忙しい季節かもしれませんが、通学や通勤電車の合間にでもぜひこの一冊を。

引用:夏目漱石 私の個人主義 青空文庫